著者:
Lu LaMei
2014/03/14
大連市は遼東半島南部に位置して、北西側は渤海に面して、南東側は黄海に面しています。大連市と山東半島は海を挟んで向かい合っており、渤海湾の重要な所です。「京津門戸」大連は北京と天津への入り口と呼ばれています。北側は広い東北三省で、「東北の窓」と呼ばれています。大連の総面積は12573.83平方キロメートル、市内の面積は2414.96平方キロメートルです。海岸線1906キロで、遼寧省海岸線全長の73%を占めています。大連市の海に面した所にたくさんの湾があり、暗礁が散在してあり、地形が面白いです。そこは青空、紺碧の海、白い砂、黒い暗礁などが特徴の優雅で美しい風景です。中国の北部地区で有名な観光地、また保養地です。
大連市は北半球の温帯地域にあり、温和な気候、はっきりした四季、良い日照り、冬にはとても寒い日がない、夏にはとても暑い日はないです。総年間日照時間は2500~2800時間、年間平均温度は8.4~10.5度で、年間平均降水量は600〜1000ミリメートルです。
大連市の名前の由来は大連湾から来ています。大連市という名前の歴史は百年に過ぎないです。「大連湾」という名前はまず庶民たちが使用して、それから政府もその名前を使うようになりました。明の万歴年間から、大連湾という名前が出たそうです。漢代初期、大連は本当に小さな魚村で、三山浦と呼んでいました。唐代の時、青泥浦という名前に変わりました。明および清の時代から、清泥洼と呼ばれていました。1860年、イギリス人が「遼東大連湾海図」を作りました。それは初めて「大連湾」という名前を使う記録です。1879年、李鴻章は光緒皇帝に献上した海防に関する上奏書のなかに「大連湾」と書いてあり、初めて政府に使用されました。1889年、帝政ロシアはその時の大連湾に都市を作ると発表し、「DALNY」と名付けし、「遠い都市」という意味です。日露戦争から1905年まで、日本の関東都督府軍司令官は「DALNY」を廃止、大連に改めるという命令を出しました。
大連は山と海に恵まれ、景色がきれいな沿海観光地です。そこには、青空、紺碧の海島々、暗礁、砂浜などが渾然一体になり、限りなく美しいのです。都市の北部の山はこの上なく美しいし、延々と続く大変きれいな海岸線があるし、街中には各種各様の建築があるし、近代戦争の遺跡もあり、人々は我を忘れるようなこんな美しい都市に引かれています。
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名称:大連
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ピンイン:dà lián
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所属地区:遼寧省
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人口:613 万人
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面積:13,237 K㎡
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郵便番号:116000
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区域番号: 0411